ノルマンディ上陸作戦

Nov 18,2013

こんにちは、バイヤーの岡林です。

先日フランスから戻りました。週末、滞在地のパリからノルマンディー地方へ足を延ばすことにしました。

ノルマンディーは、フランス北西部に位置し、パリからはクルマでおよそ3時間。フランスの高速道路は130キロがリミットなので、比較的スムーズにクルマでの移動が可能です。一路Caen(カーン)を目指して走ります。

ノルマンディーと聞いて連想するのは、かつて第二次世界大戦でドイツ軍と連合国軍が死闘を繰り広げた『ノルマンディー上陸作戦』。

当時、ドイツ軍が占領していたフランス領を奪還するべく、連合国軍はこのノルマンディー地方から、上陸する計画を実行したのであります。これまで多くの関連書物を読み漁りましたが、現地を訪問するのは初めてです。

地図

早速、カーンメモリアル博物館を訪問することにしました。

カーンメモリアル博物館

入場料は18ユーロ(約2,500円)です。希望者には英語やフランス語などの音声ガイドキットをレンタルしてくれます(有償)。

エントランスで迎えてくれたのは、上陸作戦時の大きなパネルです。かなりの迫力がありました。この作戦は1944年6月6日(D-DAYと呼ばれます)に実行されたので、来年2014年で70年の節目を迎えます。

上陸作戦時の大きなパネル

ドーバー海峡を挟んでドイツ空軍が猛攻をしかけた戦い「Battle of Britain」で、イギリス軍はドイツ軍の本土上陸を死守し、今度はノルマンディー上陸作戦で攻勢に出ようとします。

この戦いでアメリカ、イギリス、カナダの連合軍は、ここノルマンディーの海岸から上陸し、やがてドイツ軍を敗走させるに至るのです。“史上最大の作戦”などいくつもの映画化された作品もありますね。

アメリカ、イギリス、カナダの連合軍は、ここノルマンディーの海岸から上陸

戦争の記録や資料の展示もさることながら、当時のカルチャーや戦後から現在につながる歴史を分かりやすく解説していました。中にクルマも展示されていました。

旧東ドイツで生産されていたトラバント(Trabant)P601

旧東ドイツで生産されていたトラバント(Trabant)P601。写真の右後方にはベルリンの壁(本物)が展示されています。いかにも共産圏時代の東ドイツという感じの車両です。1957年から90年初頭まで生産されていました。

博物館を出た後で、実際の戦地にも行ってきました。確かに見渡す限りの海岸線はのどかでありながらも壮観でしたが、70年前にこの海岸で両軍合わせて多くの犠牲者が出た場所だと思うと、いたたまれない気持ちになります。しかし、これが実際に起こった歴史として目に焼き付けることにしました。

実際の戦地は見渡す限りの海岸線

実際の戦地は見渡す限りの海岸線

その後、ランチを取るべく近くの町に移動したのですが、この日は日曜日。フランスって、日曜日にはお店を営業してはならないという法律があるようで、見事にどこも閉まっていました…。もし、日曜日に開店すると罰金刑が科せられるみたいですから、日本では考えられません。

Caen郊外の町

訪れたCaen郊外の町って、どこか雰囲気がいいですね。パリのようにベルエポックな華やかさこそありませんが、散策するだけでも楽しい。耳を澄ませば、地元に暮らす家族の会話や生活が聞こえてきそう。

今回のプチ旅行に同行してくれた相棒は、CITROEN DS3
レンタカーで200ユーロ(約27,000円)くらい。やはり、フランスを走るにはフランス車でしょ。内外観のデザインがトレビアン。今も昔も、シトロエンは「DS」モデルを抜きに語ることはできません。ただ、今回私が借りたのはオートマ仕様で4速ギア(なぜかMTだと6速)!高速走行時のエンジンノイズはやや高めでした。

プチ旅行に同行してくれた CITROEN DS3

あと、蛇足ですが、フランス人に日本語読みの「シトロエン」と発音してもまず通じません。できるだけフランス語に近い発音は“スィートゴエン”となります。「R」の発音が「G」のように濁るのです。だから、「Paris」は我々はみんなパリと発音しますが、実際のフランス語では“パギ”と発音しています。

ようやくパリに戻ると、凱旋門が迎えてくれました(画像が雑でスイマセン)。凱旋門を抜け、クリスマスモードのシャンゼリゼ通りを眺めると、イルミネーションがピカピカを輝いていました。

凱旋門

第二次世界大戦で勝利したフランス軍の兵士たちは、この凱旋門をくぐり、シャンゼリゼ大通りを行進してパリの人々の大きな歓声と喝采を受けたのであります。

おしまい。

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